小鳥を飼育することについて


小鳥を飼育することは、自然から隔離することになりますね。これは賛否両論あると思います。現にオカメインコを飼いたいと思っている私も、本音は鳥は大空を飛べる生き物なのだから、狭いかごに閉じこめるのは不自然なことだと思っています。

でも、私はオカメインコを飼いたいのです。この矛盾する考えの結論は、飼い始めた以上、最後まで責任を持って、愛情を注いでかわいがってあげる事でしか償えない様に思います。だからこそヒナの時期から自分たちの手で愛情を持って育てて上げたいと思うのです。

鳥の本当の幸せとは何なのか?そう考えると非常に複雑で、全てに折り合いが付く答えが出てこなくなります。まずは筆頭に上げられるのは、自然環境の保護でしょう。そうなると現代社会の自然環境破壊そのものから否定しなくてはならなくなります。自然の動物が住む森や林、湖や池などをどんどん破壊しているのは人間なのですから、根本的な問題を指摘するならそこを見逃すことは出来ません。

でも人間は一度便利な暮らしを知ってしまうと、不便な生活に戻ることは困難です。故に環境破壊をしてまでも、新しく住宅地を開拓したりしてしまうのではないでしょうか。そうなると自然の動物は住処を失ってしまいます。最近町中にカラスが降りてきて、ゴミを漁ることがあります。私が子供の頃は、まだまだ自然多かった為か、カラスが身近に降りてくる事は滅多に有りませんでした。近年、彼らの生息するエリアが狭くなっている為に街へ降りて来ているのは明白です。

賛否はあると思いますが、私は、やはりオカメインコを飼いたいと思います。一つの理由として、私の気持ちをリラックスさせてくれることを期待しているからかも知れません。小鳥を飼うことによって日頃のストレスをリフレッシュしたいという気持ちがあるのは否定出来ません。愛くるしい小動物を飼うことによってリラクゼーションが得られることは一般的に良く知られている知識です。

少し話しが逸れますが、飼育系のゲームが一時期人気になりました。自分の手で何かを飼育することは、その対象の成長を目のあたりにすることが出来るので、人間の親性本能を満たしてくれるのかも知れません。小鳥(ヒナ)の飼育は、それなりに大変な事が待っているでしょう。でもそれさえも楽しい時間として捕らえられると思っています。だから私は、自然の生き物をかごに閉じこめてでも、愛情を持って飼育して上げたいと思っているのです。もちろん在宅中はかごから出して、部屋を好きに飛ばせてやるつもりです。

この考えには私のエゴがかなり入っています。動物を飼うと言うことは、本当に責任の要ることだと思います。それが小鳥であっても、猫であっても犬であっても同じことだと思います。無責任に途中から飼育を放棄してしまうなんてことは、私は絶対にしないと断言します。それだけが私のエゴを正当化出来る唯一の行動だからです。

また話が逸れてしまいますが、最近、ハワイ諸島に旅行に行きました。そこのガイドさんから、生態系のバランスが崩れてきていることを聞かされました。アメリカ合衆国は、ハワイ諸島に生息しない動物(蛇など)の持ち込みを、厳重に禁じており、生態系を守ろうとしているそうですが、どうしても勝手に持ち込んでしまう人が後を絶たないそうです。居るはずのない「ピラニア」が5匹も見つかったという事で、かなり騒動になったそうです。四方を太平洋に囲まれた島ハワイ諸島でも、そういう事が起きています。私達人間が節度と責任を持って、生態系の維持を考えながら小動物を飼育しなければならないと痛感した次第です。

と、言うわけで私はオカメインコを飼うことによって、今まで考えなかった自然について、真剣に考えるようになりつつあります。本当に彼らのことを思えば、大自然の中で自由に暮らせてやるのがベストでしょうが、生態系の狂ってきている自然の中で彼らが本当に幸せに生きていけるのかも少し疑問です。ともかく私は責任を持ってオカメインコを飼おうと思っています。

等とえらそうな事を書いていましたが、2003/06/29 14:00頃、家内が無意識に窓を開けた隙にピースケが外に飛び出してしまいました。あまりにもピースケの存在が当たり前になって緊張感が抜けてしまっていたに違いありません。手乗りを外界に逃がしてしまう事は、生命に関わる問題なので深刻です。とんでもない事になってしまいました。警察への遺失届、ペットショップ、動物病院等へのポスター貼り付け依頼、周辺の各家へ、チラシを配布などなどを行っていますが、5日経過した現在も見つかっていません。

明らかに過失ですが、家内を責めることは出来ません。この過失は私自身でもやってしまう可能性をはらんでいた事に気づいたからです。なぜなら、リビングで放鳥していたので、それが日課になっており、ピースケがそこに居ると言うことが当たり前になってしまっていたからです。放鳥時は時間を決めて、規則正しい生活をさせるべきでした。放鳥というスケジュールを特別な時間だと、私達自身が認識(体感)して置かなくてはならなかったのです。いつの間にか放鳥時間が生活の一部になっていたのです。

今とにかく一生懸命捜索していますが、手がかりすら掴めていません。一羽飼い=甘やかし気味になる。生活が不規則=放鳥時間も不規則になる。これらの問題にようやく気づきました。もっと早く手を打っておくべきだった。今さら後悔しても仕方有りませんが、今後改善して行くべき課題だと思っています。とにかく今はチラシ配布など、出来るだけのことをやるのみ...

結局見つけることは出来ませんでした。もう三ヶ月以上経過しました。表だった捜索はもう打ち切ることにしました。でもHPには情報を残しておきます。もしかしたら足環の番号から検索してくれるかも知れないとの期待が少し残っているからです。